- 国やすかれ 民やすかれ -

 

 

今日はちょっと趣向を変えて、わが「日本国」の「天皇陛下」のことと、陛下が「なにをされているのか?」について書いてみようと思う。

 

日本最初の「天皇」に即位したのは「神武天皇」だが、神武天皇は大和(現:奈良県)の橿原宮で御即位した。

 

鳥見山に祭壇を設けられて皇祖神をお祀りし、国の平安と民の安寧を祈願されたのだ。

 

この時に神武天皇は「国やすかれ 民やすかれ」という御言葉を示し、後継の歴代天皇が残す和歌に、必ずといっていいほど「国やすかれ 民やすかれ」の大御心が受け継がれていくことになる。

 

日本書紀には、天皇の冠言葉に「大日本根子(おおやまとねこ)」という記載がある。

 

根子とは、古語で「神主」を意味している。よって天皇陛下とは、わが日本国における「神職」の頂点であるといっていい。

 

諸外国の視点では、日本の元首は神主なのだ。

 

現代では政治のことを「政」=「まつりごと」ともいうケースが散見されるが、語源は「祭事」=「まつりごと」であり、ようするに「祭祀」のことである。

 

ということは、天皇陛下を始めとする皇室の最も重要なお務めは「祭祀」であり「祈り」を捧げることなのである。

 

次に、天皇陛下と「神」の関係だが。

 

天孫降臨というのは、アマテラスの孫神である「ニニギ」を地上に天降りさせたことを意味している。

 

よくいう「天下り」とはこの「天降り」が語源なのだが、そこは本旨に関係ないので先に進もう。

 

天孫降臨のとき、アマテラスはニニギに「稲穂」を渡した。おそらく「種もみ」なのであろう。そして「この稲を育て、葦原中国を治めよ」と仰せになった。

 

さらに八咫鏡をニニギに授け「この鏡をわたしの御魂として祀り、国の繁栄を祈願せよ」と命じる。

 

前述の神武天皇とは、このニニギのひ孫である。

 

だから、代々の新天皇は即位のたびにこの八咫鏡を継承し、住まいの内に八咫鏡をお祀りし、代々わが国の平安と発展を祈願していたのだ。

 

だがやがて、後継の天皇が「八咫鏡を宮中でお祀りするのは畏れ多いのではないか?」と考えるようになる。この「畏れ多い」という部分の意味は、鏡の発するエネルギーが強大すぎる、ということだ。

 

そこで、選りすぐりの地を探し続けた結果、第十一代「垂仁天皇」の皇女「倭姫命」によって最終的に「伊勢」の地が選ばれた。これが、現代では通称「伊勢神宮」とよばれる「神宮」である。

 

伊勢の神宮ができたあと宮中では八咫鏡の「レプリカ」を製作し、引き続きお祀りすることになる。これが現在の宮中「賢所」のはじまりである。

 

順徳天皇が遺した「禁秘御妙」には「凡そ禁中の作法、先ず神事、後に他事とす」とある。宮中では神事が最優先である。それ以外は二の次である。と、いう意味だ。

 

太古、神話の時代から連綿と受け継がれてきた、神を敬う祈念と祭祀。世界最古の伝統である。

 

日本国民は、神職の頂点たる天皇陛下がお務めになられている神への祈念と祭祀により、神々に大きく手篤く包み込まれているのである。

 

賢所とはなにか?という人もあろうから、少しふれておこう。賢所と書いて「かしこどころ」という。

 

皇居の森の奥に、鬱蒼と木々が生い茂る敷地がある。そのほぼ中心にあるのが宮中三殿(きゅうちゅうさんでん)である。そして皇祖神「アマテラス」の御霊代として御神鏡をお祀りしているのが「賢所」なのである。

 

三殿なのであと2つある。

 

歴代天皇/皇后と皇族の御霊をお祀りする「皇霊殿」と、天神地祇(てんじんちぎ=天津神・国津神のこと)をお祀りする「神殿」があり、この3つで宮中三殿だ。

 

天皇陛下の一年は、とても多忙だ。

 

元旦は早朝の5時半から「四方拝」という祭祀がある。1年=12ヶ月の間に、このような祭祀だけでも、なんと30回以上ある。

 

その他に、たくさんの行事が詰まっており、被災地への行幸はこういった多忙なスケジュールの合間を縫って、休日返上でご訪問されていらっしゃる。

 

特に「平成」の天皇陛下におかれては、近年はご高齢の中で、それは大変なお務めであったと思う。感謝などという言葉では、とても言い表せることではない。

 

「国やすかれ 民やすかれ」

 

日本国民のために、一年中、幸せを祈ってくださっている尊い御方が、日本にはいる。

 

こんな恵まれた国が他にあるであろうか。日本国民に生まれたことは、この上にない幸福なのである。心より感謝せねばなるまい。

 

太古の神代から続く尊い祈りが、今もあなたをあたたかく包みこんでくれている。

 

 

秀麻呂