-「神話の世界」を小説に④ -

2023/03/01

 

 

さて、3月弥生の月となり、いよいよ四緑の卯年が動こうとしている。これからパラダイムシフトが移行している現世では「跳ねる」という方向に向かうエネルギーが動き出す。

 

そんな時代にこのコラムを読んでくれている皆さんの「気づき」になれば、という意図を含めて、2ヶ月ほど空いたが、「神話の世界」を小説に④を更新してみようと思う。

 

お待たせした皆さん、申し訳ない。わたしが着目した、まだ在野の無名作家による名作を一読願う次第である。

 

 

 

~根黒衆(ネグロス)

 

延喜19年(西暦919年)

 

ついに一家に、限界点がきた。両親そろって外出していたある日…清音は由利彦に暴行された。数え14才、満年齢で13才の清音は、背もすらりと伸び、髪も長く、猫を思わせる柔らかな所作で、妖しい色気を放つ。

 

由利彦は、自分でも理解できないアンビバレンツに悩んでいた。

腹ちがいの妹を忌み嫌うと同時に、この妖しいまでの美少女に恋をしてしまったのだ。愛情と欲情、憎しみが混ざり合い、ついに由利彦は爆発した。土蔵に清音を監禁し、5時間にわたって、思うままに陵辱した。

 

帰宅して事情を知った清重は正気を失い、ナタをつかむと絶叫しながら、極道息子を切りつける。

 

「お前は… お前はなんてことをーッ」

 

由利彦はかわしたが、左頬をザックリ切られ、鮮血が噴き出す。そのまま、ふりかえりもせず逃走。父は即刻、息子を勘当する。

 

 

だが、、、これで終わりではない。

 

 

翌年、延喜20年(西暦920年)。

 

ある噂が、真砂の集落に流れてきた。由利彦が、無法者の仲間になったらしい。

 

それも、「百足(むかで)」と呼ばれる凶悪な盗賊、これは9年前、俵藤太(たわら の とうた)という豪傑が退治したのだが、その一味の生き残りと、結託したらしいのだ。

 

「百足一味の残党を狩り集めて、国中を荒らしまわっとるらしい」

 

「この村へ、意趣返し(復讐)に来るとよ」

 

「村のもんを皆殺しにして、家を焼き払うってよ」

 

村はパニックになった。清重は苦悩する。この手で、殺しておくべきだった…ここまで、極悪人になろうとは…

 

 

そんな騒然とした村に、2年ぶりに青年僧の安仁が現れた。すでに、由利彦が凶悪な賊となった噂は聞いている。

 

「ご存知だったら、教えてほしいのですが…どこかに、金で殺しを請け負ってくれる者はいないだろうか」

 

げっそりやつれた清重が、切り出した。自分が最後の頼みなのだろう… と、安仁は悟った。

 

「心当たりが、なくもありません。道に外れた恐ろしい行いではありますが」

 

この一家の苦難を、見捨ててはおけない。革袋に入った金を預かり、安仁は朝早く発った。

 

 

近畿地方のとある場所に、その寺はあった。山号は「死河山(しがさん)」、寺号は「根黒寺(ねぐろじ)」

宗派は「第六天魔王宗」という、ここだけの宗門である。

 

山深い谷間の隠れ里にあり、その存在を知っている人間は、ごくわずか。この寺の僧侶たちは、「根黒衆(ネグロス)」と呼ばれる。安仁も、かつては「根黒衆(ネグロス)」の一員だった。わけあって、抜けたのである。

 

山門で、1人の僧が待っていた。安仁を甘くしたような顔立ちの、若い美僧である。

 

「兄さん、6年ぶりか」

 

弟の「安珍(あんちん)」であった。

 

「血生臭いことが嫌で、正道の出家者になるため、ここを出たんだろう?よくも、おめおめと戻ってこれたな」

 

この寺の僧侶は、全員が高度に訓練された暗殺者であり、都の貴族や裕福な者たちから、殺しを請け負っていた。

 

「今日は、依頼人として来た… といっても、根黒衆を雇えるほどの金はない。手紙に書いたとおり、霧命散(むみょうさん)を少しわけてくれ。あとは… 俺がやる」

 

決意を秘めた、安仁の瞳であった。

 

「馬鹿な兄だ… せっかく僧正さまが、特別の許しをもって、ここから出してくれたというのに… まあ、よい。

1度抜けた者が、山門をくぐることは許されない。ここで待っていてくだされ」

 

金を受け取り、安珍は山門の奥へと消えた。

 

 

数週間後… 紀伊山地の山中にある炭焼き小屋。百足一味残党の根城である。由利彦は新入りながら、もちまえの利口さと悪どさで、いつのまにかリーダー格となっていた。

 

明日はいよいよ、真砂の集落を襲撃しようかという、その夜…いきなり戸を蹴破って、乱入してきた男が、口に含んだ液体をブォーと、霧に吹く。

 

霧命散(むみょうさん)とは、乾燥させたフグの卵巣を主原料とした毒粉であり、ハイチではブードゥー教の呪術に使われている。この毒粉を吹きつけられた被害者は、仮死状態に陥り、埋葬された墓の下で意識を取り戻す。

 

墓から掘り出された後も、脳に後遺症が残り、意識がぼんやりした状態が続く。

 

これが、現在でいういわゆる「ゾンビ」の起源というものであり、ゾンビは奴隷として、大農場で家畜同然に働かされる。

 

それにしても、なんという肺活量か、乱入した男が吹いた毒霧は、一瞬にして小屋の中に充満する。

さしもの凶悪な盗賊たちも、手足がしびれ、呼吸困難に。激しく嘔吐する者もいる。

 

男はもちろん安仁であるが、幼いころから毒に対して耐性をつける訓練を積んでいるため、その肉体には、なんの異常も起こらない。ふところから短刀を取り出すと次々に、動けない盗賊たちの喉や心臓を、えぐっていく。

 

そして最後に、頬に醜い傷跡の残る由利彦の胸ぐらをつかみ、

 

「こいつはお前の親父さんの依頼だが、親を恨むんじゃねえぜ… とうぜんの報いだからな」

 

「て、てめえ…」

 

由利彦にはまだ、安仁をにらみつける気力が残っていたが、非情の刃が心臓に突き立ち、その瞳が凍りついた。

女のような紅い唇から血があふれ、凄絶な美しさの死顔を彩る。

 

それっきり安仁は、真砂の集落に姿を見せなくなった。

 

 

年が明け、延喜21年(西暦921年)

 

しばらくは部屋にこもりきりだった清音だが、母の愛情細やかな世話で少しずつ元気を取り戻し、庭を散歩できるまでになった。

 

なんといっても、由利彦の死の知らせが、心から暗い影を取り払ったようだ。

 

あとはただ、安仁に会いたい…

 

一方、娘とは反対に、清重は体と精神を病んでいった。息子を、自らの手で死にいたらしめた事実が、心を蝕んでいたのである。ふさぎがちになり、悪夢を見るようになった。

 

ある日、無理をして仕事に出た帰り、古道の苔むした石段に、由利彦が立っているのを見てしまった… 

沙織と再婚する前の、かわいらしい少年の姿の由利彦は、血まみれだった。なにも言わず、清重を見つめている。

 

その夜から、清重は高熱を出した。まじない師の祈祷も、薬湯も効果がなかった。

 

沙織は錯乱状態になり

 

「ご主人さまに、もしものことがあったら、私も後を追います」

 

しかし、清重はもうろうとした意識の中、妻の手を強く握り、

 

「早まったことはしてくれるな… 清音を、くれぐれもたのむ」

 

この3日後に、清重は逝く。沙織は見るかげもなく、やつれた。清音も大好きな父を亡くして以来、泣き暮らしていたが、このままでは、母までが衰弱死しそうな状況に、

 

「いけない… 母さまを助けてあげなくちゃ…」

 

自ら厨房に入って、母のために粥を作ったり、母に代わって家をしきったりして、けなげにも明るくふるまった。

 

「こんな時に、安仁さまがいてくれたら…」

 

そんな清音の姿を見て、沙織はいっそう娘が愛おしくなる。

 

「そうだ、私にはまだ清音がいる…」

 

亡き夫の分まで、これからは清音に愛情をふりそそぐのだ。もともと甘えっ子の清音だったが、ますます母親べったりになり、まるで美しい姉妹のように、2人で明るく笑いあった。

 

ようやく家にも村にも、明るさが戻りつつあった。

 

しかし、やはり父親がいないのは寂しい。その寂しい分、よりいっそう、安仁が恋しくなる。清音は安仁の訪れを、今日か明日かと待ちわびるようになった。暇があると、家の前の往来を見る癖がついた。やがて、門の前に立って、安仁に似た姿を探し求めるのが日課となった。

 

そのうち、集落の入り口まで見にいくようになり、さらに足をのばして、となりの集落の見えるところまで出かけるようになった。

 

沙織もまた、安仁を待っていた。今や彼女の頭には、娘の幸せしかない。安仁をどうあっても清音の婿とし、庄司の家をついでもらうつもりだった。

 

安仁の意志とか気持ちとか、考慮する余地はまったくない。。。

 

 

~続く

 

 

 

なお、この作品はフィクションであり、あくまでも古伝を参考に創作された「小説」である。よって作家への意見や注文などは控えていただき、創作された未発表作品として楽しむと共に、人の「業」というものについても考察してもらいたい。

 

「この世で一番恐ろしいのは悪鬼・邪霊や悪魔などではない。一番恐ろしいのは人間の業である。」

 

これを秘められたメッセージだと思って読んでもらいたい。

 

 

では、また次回のアメノマナイをお楽しみに。

 

 

秀麻呂