- 家元最大のミッションとは - 

 

早いもので、今年ももう年度代わりの時期である。わたしたちが生きる現代社会ではだいたい旧暦「卯月」の4月から新年度のケースが多く、例えばわたしが役員を務めている企業・法人も同様だ。

 

だが当流は、太古神代より「神の意が溢れ出る月」とされている六月から新年度である。

 

そこで、今回のアメノマナイでは「第十八代」としてのわたしが担っているミッションについて、記しておこうかと思う。わたしのミッション=使命は主に二つある。

 

 

まず第一に。

これは、わたしだけに限ったことでもないのだが。伝統を継承した者としての重要な使命には「神代文字」「神心書道」を媒介にして「日本」という国への「興味」「関心」を現代の日本人に高めてもらうことがある。

興味・関心は旺盛な知識欲へと連なり、この国の歴史・伝統や「真実/事実への探求」が盛んになることで、日本国は「太陽の国」「言霊の国」「日乃本」「火の元」「龍國」「和国」として正真正銘に再興し、パラダイムシフト後の世界平和をリードする礎にもなれる能力を取り戻し、国民すべからく高潔で智徳が溢れる國とも成り得るからだ。


ちなみに太古の「神国」の意は、このような国体を指し示している。

 

そして同時に。

むしろこちらの方が家元らしい課題だが、後継者の育成である。

 

わたしの理想は、47都道府県すべてで人口比10万人に対して1人くらい「書聖」が存在し、優秀な人材に次の家元を託すことだ。家元制度を一子相伝にこだわっているようでは、これからの時代にはそぐわないので、次世代より分派も「可」としていきたい。

分派を認めることは、つまり、次世代からは優秀な家元や率いられた諸派が複数あるということになる。古代から中世の日本にはたくさんの修道諸派があったのだから、それこそが本来はあるべき姿だと思うのである。

 

ただ総論としては、神代文字/神心書道を学ぶ目的というのがだいたいの場合、自己の願望実現とその希求、次いで知識欲の充実やアートとしての技能習得にあるので、入門コース修了で書士となり自己完結してしまう人が全体の約8割というのは理解できる。藤原北家世尊寺流の書士になることが目的ならば、それで十分である。


それはそれで、やむを得ない。元々人間とは現世存命中において、自分が一番可愛いものなのである。誤解なきよう補足するが、それは決して悪いことではない。むしろ当然である。そもそも、80%の多数派に対して20%の少数派が「革新派」なのは、常に自然の摂理である。

 

だから、今のところ師範代に進むのは統計だと入門コース修了者の約2割くらいで、師範に進むのは、このうちのさらに2割くらいである。例えば「100人」が新規に入門コースを修了したら、師範代になれるのは20人、師範になれるのは4人、こんな計算だ。

 

書聖に至り、秘伝継承にまで到達するのは、入門コースの修了者300人に対して1人くらいの確率になる。


 

わたしの代では、たくさんの書聖を世に送り出したいと常々思うのだが、こればかりは御神縁であるからして、やはり八百万の大神たちは「心・技・体」の至高を候補たる者には求めていきたいのだろう。


だからこそ。


もし「我こそは書聖に!」と思う方がいれば、今はまだ書生・書士のみなさんもぜひ。どうぞ遠慮なく「書聖」を目指されたし。

 

 

秀麻呂