-「神話の世界」を小説に③ -

2022/12/01

 

ここ数ヶ月、日本神話の世界を素材にした、まだデビュー前と思しき作家さんの短編小説を紹介しているわけだが、実に好評である。アメノマナイのアクセス数・PV数が大きく跳ね上がっているからという理由も少なからずあるのだが、やはり自らが「この作品は世に出すべきだ」と思っていることが実際に数字として示されるのを見ると感慨深いものがある。

 

元々日本列島というのは地球上で最も恵まれた神の土地であり、そこに産まれるだけで幸運。そこで暮らせるだけで幸運。超古代から十二分に天・地/自然/宇宙のエナジーを受けてきた、そんな遺伝子を持つのが我々日本人である。古代から渡来民族との混血が少しづつ増えていくに連れて、本来我々の遺伝子が持っていた御神力というのは深層に隠れていってしまったわけだが、じつは神社/神宝、神代文字、神話の世界、こういった超古代の記憶と触れ合う時間を大切にすることで、現代を生きる我々でも隠れていた御神力というのが、徐々に徐々に引き出されやすい体質になっていく。

 

最近はよく「神社でお願いしてはいけない」のようなコメントを見聞するが、あれは戦後GHQによる「日本弱体化戦略」の名残であり、ウソである。神は自らを慕う親しき者が願うならば、その中身が誠実ならば、ウェルカムなのである。古来日本では「神様にお願いしてきなさい」となにかコトあるたびに氏神様にお願いに行くよう、全国どこの家でも、子や孫に言って聞かせたという古い記録がある。厚かましいお願いをするのは神もどうかと思うだろうが、真摯・真剣なお願い事なら「聞きたい」と思う、それもまた神である。

 

現代の日本人には「神心の修道」をもっと知らしめる必要がある。神心書道だけに限らず、例えばそれが「小説」という方法であっても、それもまた良しなのである。

 

そんなわけで連載第4弾である。ではさっそくいってみよう。

 

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~約束~

  

娘が生まれて後、清重はますます深く、妻を愛するようになった。

 

「お前とは、きっと前世からの縁があるにちがいない…比翼連理(ひよくれんり)という言葉があるが、沙織、お前と私はひとつ。出会うさだめだったんだ…」

 

こんなラブラブな両親に可愛がられ、娘の清音も、美しい少女に育っていく。

しかし、だれもかれも幸せ… というわけにはいかない。。一家の幸せに影を落とす、黒い影があった。

 

 

前話で書いたように、清重には、前妻の残した息子がいた。

名は由利彦(ゆりひこ)。清音より、8つ年上になる。

 

父の清重も男前だが、この由利彦は亡き母に似たのだろうか、長いまつ毛と紅い唇のゾクッとするような美少年で、村のどの娘よりも美しい男児であった。しかも、利口である。

 

由利彦は、沙織が村にきた時から「怪しい」と感じ、マークしていた。

 

「うちの財産を、狙ってるんじゃないだろうか?」

 

実は、白蛇の白音を殺したのも、由利彦であった。

 

 

ある時、沙織と清重が交情しているのを、由利彦少年は屏風の裏から、じっと観察していたのだが…

 

「!!」

 

夜具の陰から、ルビーのような赤い目が、こちらを見ていた。

 

(あの蛇、俺に気づいてやがる…)

 

後日、村の遊び仲間たちに、沙織のような不気味な女は、今すぐ村から追い出すべきと、説いて回っていた時。またしても、木の枝から赤い目が、じっと見つめていた。

 

「あの蛇は、あの女が操ってる魔物にちがいない…」

 

と、由利彦は直感した。

 

沙織は蛇と話すことができ、由利彦のことも、蛇から報告を受けているのだろう…

 

(私の邪魔をするなら、あの子、殺してしまおうか…)

 

なんて、考えているかもしれない。

 

由利彦の体を、震えが走った。(このままでは、殺られる…)

 

 

そしてとうとう、だれも見ていない裏庭で…白蛇を、石で叩き殺したのだ。

 

無言の怒りをにじませ、沙織は由利彦を疑っていたようだが、しばらく後に懐妊、母となった喜びに満たされ、ペットの死の悲しみは、意識の隅へと追いやられたらしかった。

 

 

さて、清音だが…

 

誕生のタイミングからして、由利彦には、あの白蛇の生まれ変わりとしか思えなかった。

蛇の名から一字取ったのは、沙織の当てつけもあるのだろうが、由利彦は本気で、この美しい妹に恐怖を感じ、大いに嫌った。

 

そうでなくても、子供は継母に、なつかないものである。

しかも、継母の生んだ子が、両親から愛情たっぷりに可愛がられていれば、嫉妬を感じる。

 

とうぜん、由利彦は清音をいじめた。

そうすると、父は本気で怒って、由利彦をブンなぐる。継母は、ゾッとするような殺意のこもった目で、由利彦を見る。

 

グレないほうが不思議であった。

 

こうして、由利彦は成長するにつれ、邪悪な若者になっていく。

清音に対するイジメも、ますます陰湿にエスカレート。

 

「絶対お前ら母子を、この家から追い出してやる…」

 

そのためには、どんなことでも、しなければならない。はたから見ると、悪役にしか見えない由利彦であったが、彼にしてみれば、沙織と清音こそ、家にとりついた化け物であった。

 

 

延喜17年(西暦917年)の夏。

この年、京の都では井戸が枯渇、治安が悪化。群盗が各地で暴れまわったと、史料にある。

 

数え12才になった清音は、村の水車小屋で過酷ないじめを受けていた。

由利彦に押さえつけられ、口の中、耳の中、着物の中、腰巻きの中まで…蜘蛛やムカデ、ゲジゲジなどの毒虫を押しこまれていたのである。

 

これはもうイジメを超え、泣き叫ぶ清音に、変態的快感を感じている由利彦であった。

この年、20才。妖しいまでに美しい青年となっている。

 

と、その時…

 

「何をしているッ 清音ちゃん!」

 

たくましい腕が由利彦を突き飛ばし、清音を助け出す。

由利彦より、やや年上の青年。

 

旅の垢にまみれた修行僧… 

僧ではあるが、若き野獣のような匂いをプンプン漂わせる、男くさい青年であった。

 

「あんたか… また来たのか」

 

憎々しげに、修行僧をにらみつける由利彦。

 

「今年も世話になりますよ、若さま」

 

静かだが、危険な光を秘めた目で、由利彦を見返す青年。清音は、この僧にすがりついて、泣いていた。

 

 

4年前、まだ少年らしさを残したこの若い僧が、初めて庄司の家に泊まった時、「安仁(あんにん)」と名乗った。熊野参りの途中の1泊だったが、それからも1~2年に1度のペースで熊野に詣で、今年で4度目。

 

若いくせに、あちこち旅をして事情通なこの僧を清重も気に入って、立ち寄るたびに歓待した。

今回も、酒と料理でもてなしていたが、いつもは安仁をこわがる清音まで、横にちょこんと座っている。

 

物知りな安仁の話は、いつも興味深い。

 

「まあ… 熊野の神様って、スサノオさまなんですか? 地元では単に、『熊野坐神(くまのにますかみ)』って呼んでいますが」

 

相変わらず、ささやくような上品な声の沙織も、この僧に好感をもっている。

 

「はるか古代には、スサノオノミコトを祀っていたはずです」

 

出雲にも、同じ「熊野大社」という名の古い社があって、やはり大昔から、スサノオを祀っているという。

 

「スサノオさんは出雲に降り立って、ヤマタノオロチを退治したんですよね。そして息子のオオナムチが、

出雲の王になる…」

 

沙織は、神話のストーリーを思い出していた。

 

スサノオの息子オオナムチは出雲の王となるが、国造りが完成した時、太陽の女神アマテラスの孫に、国を譲るよう迫られる。

 

現代風にいうと、主権を明け渡すよう、要求されたのである。「アマテラスの孫=天孫ニニギ」と、それに仕える神々を「天孫族」と呼ぶ。

 

子供たちと相談した結果、オオナムチは、強大な軍事力をもつ「天孫族」に服従することを決断。

出雲王国と、出雲族が植民した土地の支配権を、譲り渡す。

 

天孫族はその返礼として、オオナムチを祀る社(出雲大社)を造営、「大国主(おおくにぬし)」の称号を贈る。こうして古代出雲王国は、神話のみを残し、歴史の闇に消えた。

 

「たぶんそのころ、こちらの熊野でも、祭神の名を伏せたのでしょう。いや、伏せたというと聞こえがいいが、追い出されたのですよ、スサノオさまは」

 

「そういえば、オオナムチは若いころ、木の国にある黄泉比良坂を通って、スサノオに会いに行ったんでしたっけ。ちょうど、この辺を通って…」

 

清重が、安仁に酒を注いだ。

 

「そこで、スサノオの娘、スセリ姫と出会い、夫婦になるんですよね」

「スセリ姫… スセリ……」

 

清音がつぶやいた。なんだか、懐かしく響く名前だった。

そして… 突然、気がついた。

 

この人は、私の運命の人。

 

清音は、安仁の顔を見上げた。

 

「どうしたんだい? 清音ちゃん」

 

「いえ… それで、追い出されたスサノオさまは、今どうしてらっしゃるの?」

 

「さあ? そこらへんをウロウロしてらっしゃるかもね」

 

「清音。もう遅いのだから、子供は寝なさい」

 

「イヤ」

 

父親に反抗し、清音は安仁の袖にすがりつく。

 

美少女になつかれて、悪い気のしない青年は、

 

「何か、おみやげを買ってきてあげるから」

 

帰りにまた立ちよるから、今日はもう寝なさい、と言う。

 

「おみやげ… おみやげなんか、いりませんから…」

 

頬を赤く染め、清音は安仁を見つめる。その顔は、小学生くらいの年の少女とは思えないほどの艶っぽさがあった。

 

「私を、お嫁さんにしてください!」

 

この逆ナンというか逆プロポーズに、安仁は苦笑して、

 

「わかったよ。清音ちゃんが大きくなったらね」

 

と、安直に約束してしまった。

 

「わあ… 清音、よかったね」

 

沙織は無邪気に、手をたたく。清重は呆れ顔で、バカなこと言ってないで寝なさい、と叱る。

 

それは、ほほえましい家族の1シーンであった。

 

しかし、館の外の土蔵では、罰として監禁されている由利彦が、目をらんらんと光らせ、家族への復讐の日を待っている。。。

 

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ちなみに。

 

この安仁のモデルとなったのは安珍という若い僧なのだが、原作ストーリーは大日本国法華験記~巻下第百二十九「紀伊国牟婁郡悪女」だと推察される。

 

そしてこの安珍だが、じつは奥州藤原初代「藤原清衡」へと連なる所縁の者なのだ。

 

では、また次回のアメノマナイをお楽しみに。

 

 

秀麻呂