-「筆」はいつ誕生したのか?-

2023/11/01

 

 

現代日本で日々暮らしていると、ほとんどの人は「考えることが無いこと」の代表格だとも思っているのだが、皆さんの知る「筆」という「字を書く道具」はいつ・どこで誕生したのか。知っている人はどのくらいいるだろうか?

 

おそらく「明確な回答」を示すことができる人は、現代となってはほとんど存在しないのではないだろうか。わたし自身ですら、神心書道の原案となる「文献調査」の当時、ようやく初めて時系列から知る機会があり『へー...そういうことだったのか...』などと、改めて感心したほどである。

 

ということで。

 

事務局長からは、今回は「芸術の秋」をテーマにして原稿を書いてくれ、との依頼があったので、みなさんが使っている「筆」という道具、これが、いつ・どのように誕生したと考えられているのか?これを記してみようと思う。

 

まず、筆作りが始まっていたことが事実として明確に示せるのは黄河中流全域に存在した新石器時代の文化で、同時代末期の彩陶(さいとう)に毛筆状の物で描いたとしか考えようがない文様があり、ここから「筆の様な道具」が存在していたと判定できる。この時代の文化様式を考古学用語では「仰韶文化/ぎょうしょうぶんか」とも言うのだが、この年代は紀元前5000年から紀元前2700年あたりである。なお仰韶文化の名称は、初めて出土した代表的な村の地名からきている。

 

遺物の存在としては無いものの、エビデンスとなる記録としては殷(いん)時代(前17世紀ごろから前11世紀ごろ)の甲骨片にも筆を用いて書かれたと思われる文字が書き残されてもおり、殷代あるいはそれ以前から「筆はあった」ということはわかる。殷の国はさらに発祥を辿ると現在の日本列島に位置する西日本・山陰地方にいた氏族に行きつくので、超古代の日本列島に「筆のような筆記道具」はすでにあったのではないか、とも考えられる。

 

現存する遺物で確認できる「史上最古の筆」は、中華戦国時代の楚(そ)(?~前223)の遺跡から発見された「長沙筆/ちょうさふで」が最古で、長さは約16㎝、細い管の一端を裂いて、兎の毛を挟み、糸でくくりつけて、それを漆(うるし)で固めている。

 

なおその後、人気漫画「キングダム」でも有名になった「秦」の時代になると、漫画ではイケメンの人気キャラクター「蒙恬/もうてん」こと「蒙恬将軍/もうてんしょうぐん」が、穂首に一種ではなく数種の毛を用いて筆造りに数々の改良を施したという記録がある。そう、なんと「獣毛を用いて作った筆」というのは蒙恬が発明したのだ。蒙恬は史実でも有能だったのである。

 

そして、筆づくりの技術がどんどん洗練されていくことになる。漢の時代の木簡とともに発見された「居延筆/きょうえんひつ」という筆が紀元前75~57年ごろに作られており、約21㎝の木軸の一端を四つ割にした後、1.4㎝程の穂を差し込み、2カ所を「麻糸」と思われる糸で縛り、漆で根元を固めて作られている。毛の種類までははっきりと判別できないのだが、筆としてはかなり完成した姿をしていて、現在の筆に大分近かったと思われる。

 

この頃、日本では倭の「奴国王/なこくおう」が後漢の使いに筆記具を贈っている記録があるので、すでにこれ以前から筆記具を使った交流が当時の日本列島諸国とユーラシア大陸東部にはあった、ということになる。仏教がブームになった奈良時代に漢字で教本を書き写す「写経」が広まったことで、筆の需要が急速に増えており、全国13カ国で筆作りが行われたという記録もあるのだが、小国乱立期の超古代には、既に各地の王族・豪族が「筆のような筆記具」「ペンのような筆記具」を用いて独自の古代文字を書いていたと考えられる。

 

だが、結局のところ「獣毛を用いて筆を生産する」という工芸品、我々の知っている「筆」は、やはり「和歌」「祝詞」「呪術」がトレンドになった平安時代であろう。

平安時代になると筆の生産量はいきなり増えて、全国28カ国で生産開始となっている。しかも各地の工房はフル稼働で作るようになる。嵯峨天皇の時代には書の名人でも知られる真言宗の開祖「弘法大使・空海」が、当時の唐の技法を持ち帰り、これを筆匠に伝えて唐風の筆を作らせたその品を朝廷に献上して時の帝をたいそう喜ばせた。

 

時は流れて「江戸時代」になると、寺子屋制度により教育が一般大衆にまで広く普及したことにより、読み書きをするのに筆が不可欠な物へなっていく。その一方、上流階級が使う高級筆の生産には専門の「筆師」という職人があたり、極めて高い技術を競い合った。この頃、広島の熊野を中心に急速に筆づくり産業が発展し、同時に多くの種類の「動物の毛」が試されて、筆づくりに使われるようになったのである。

 

「筆という道具」の歴史の要点を記したのだが、いかがだっただろうか。みなさんの使っている「筆」への愛着の一助にでもなれば幸いである。

 

 

秀麻呂