- 開運に原理あり -

 

 

今回のアメノマナイでは、みなさんが開運を希求するにあたり、それを実現するための「考え方」を示しておこうかと思う。

 

世の人々に、現代となってはどうにも理解が薄い智慧の代表に「運」と「神」がある。

 

運が良い、運が悪い、などとも言うように「運」というものが「ある」ということは、誰もが本能ではわかっている。

 

数年前にある企業が「池袋・新宿・渋谷の街で合計900名に実施したアンケート調査」では、人というのは、何か本当に困ったことがあれば、90%以上の人が「神さま、助けて」と思うそうだ。

 

「神」が「いる」ということも、誰もが本能としてはわかっている。

 

だが、しかし。

 

残念ながら、現代において「運」や「神」は、自分ではどうにもできない不思議な力や存在だと思われているのだ。

 

視点を代えると、その方が都合が良い知識層が存在したことから、幾世紀も時代を経てついに近代には今のようになった、とも見える。

 

だが、真実は違う。「運」も「神」も、そこまで不思議な力や存在ではないのだ。

 

まず「運」とはなにか?

 

運をおおざっぱに表現するならば「叡智」「エネルギー」である。場面を切り取った表現ならば「法則」「流れ」「反応」のことでもあり、科学的に示すのならば「要素、順序、その組み合わせの総量」でもある。

 

例えば、誰もが望むであろう「開運招福」を実現するための「要素」を書き出してみよう。合計すると7つある。

 

①清さ

 

②信念

 

③量

 

④方法

 

⑤時

 

大きくは、この5要素である。

 

まず、清らかな心身でないと、良い運は実在できない。成就を自らが信じないと、必要な運が集まらない。願いを積み上げなければ、成就をするのに量が足りない。選択する方法が間違っていては、希求する運が正しく動かない。来たる時、ここというタイミングを見誤ると、せっかく求めた運を逃してしまう。

 

それぞれが必要なので、独立した「要素」とした。

 

これに「⑥正しい目的」と本人の「⑦生命力」の2つを加えた合計「7つ」の要素を合計して成就に至るのが「開運」という名のエネルギーの招来=「開運招福」である。

 

順序で示そう。ここで「神」が登場する。

 

まず「神」だが、御神力の大きい人格神ほど例外なく①を好み、良しとする②を認識すると、③を大きく増幅してくれる。

 

「神に気に入られた者」への恩恵の一つに、自らの希求する願いが成就することに対して「等価交換では誰もが圧倒的に足りない」であろう③の「増幅」がある。

 

これを知るだけで、物理学的な意味での「神」がわかりやすかろう。

 

そして手段、方法として④にあたる神代文字も含まれる国内外の真正諸流があり、⑤は①~④ができていれば、イヤでも勝手にわかるようになる。

 

⑥は本人の意志であり、⑦は健康な心身である。

 

 

ところで。

 

昨年末、某出版社の編集さんとちょっとした事案でお会いしたのだが、その時に人体の構成要素の話になったことがある。

 

余談だが、その要点としては、成人一人分として平均的な人体の構成要素を算出すると

 

水:35l 炭素:20kg アンモニア:4l 石灰:1.5㎏ リン:800g 塩分:250g 硝石:100g イオウ:80g フッ素:7.5g 鉄:5g ケイ素:3g 

 

その他にマグネシウム、亜鉛、銅、ヨウ素、マンガン、モリブデン、などを含めおよそ15種の元素が少量と、遺伝子情報。

 

と、成分としてはこのようになるのだが、このどれが欠けてもその人体は「生命体」として正しく成立しない。「魂」が肉体に健常な状態で宿るには、これらの要素・比率が不可欠ということだ。

 

 

「開運の原理」とは、理屈でいうならこれと似たようなものでもある。

 

正しく構成要素が満たされ、法則に沿って機能した時。自らの意志で自らが願う目的に、望んだ「運」を自由自在にコントロールできる。

 

とはいえ。

 

人々がそれなりに希求し、それなりに開運するくらいであれば、多少のおおざっぱさや間違いがあっても「そこそこ」や「ある程度まで」なら、まぁ...なんとかなるだろう。

 

だが大きな願いを叶えたい、大きな開運を求めたい、一発逆転の幸運を掴みたい...こうなると「おおざっぱ」「間違い」があるままでは「減点」がかなり響いてくる。

 

そのままでは、いくら願いの大きさに見合った努力をしていると本人が思っていても、成就には至らない。

 

神心書道でいうところの「運を科学する」の意図が、多少でもおわかりいただけただろうか。

 

神心書道で学ぶ「神代文字」や「書術」は④の方法であり、神心書道を学問として評するなら「開運術」「運を科学する学問」となるが、ことの「本質」としては④を中心におき、前後も含めた①~⑦までを修養する「人間学」の修道である。

 

 

なお、ついでに付記しておくのだが。

 

もしも、真正諸流で修道する者が悪神に気に入られ、知らぬままに悪意的に利用されてしまうと「とんでもないこと」になる。

 

この結果は、歴史的にも既に世界中で数えきれぬほど実験・実証されており、凄惨な数値が公表されているので、詳しい説明は不要であろう。

 

 

それよりも、近未来について書いておこうか。

 

「パラダイムシフト」がこれからどんどん進む。日本だけではない、世界中でも大きな変化がたくさん起こる。

 

国家、気候、環境、政治、経済、貿易、生活、etc、...時代が動く。念のため付け加えると、悪い方向に動くのではなく、良い方向に動く。だが、好転反応という一時的なマイナス現象も数多くある。

 

こんな時こそ、聖なる叡智の修得により、一人でも、少しでも、多くの人が、「運」「神」を自らの味方とすると良いのであろう。

 

みなさんには、明るく、楽しく、元気に、幸福に、そして自由自在に限りある人生を謳歌してもらいたいと思っている。

 

 

秀麻呂