- かっこいい日本人の生き様とは? -

2025/11/04

 

この原稿を書いているのは10月14日なのだが、昨今の我が日本国は政治問題でもちきりの様子である。

中国共産党北京閥の傀儡たる「公明党」が、創設時は保守政党だった「自由民主党」の高市新総裁による新政権誕生を阻止するべく連立を解除したことに端を発し、そこに左翼利権集団と化した「立憲民主党」が色気を出し、そこに「日本維新の会」「国民民主党」が参戦、戦国時代さながらの権力闘争ゲームが行われるだろう。

 

現在の日本で現実直視ができている、優秀な政治観・国家観を持っているのは、おそらく麻生太郎さんと高市早苗さん、ほか小野田紀美さん、維新の吉村代表、参政党の神谷代表、国民民主党の棒葉幹事長、他数名・・・両手で数えられるくらいしかいないと推察している。

 

いい年した大人たちが、情けないやらみっともないやら。日本人なら「恥の文化」を知るべきであり、知らないのなら税金で給料もらうような仕事についてはいけない。

 

そもそも、どこぞの傀儡と選挙協力しないと国会議員になれないような連中は、現在の日本国で立法府の仕事をするには不適格である。

 

そこで今回のコラムでは、いわゆる「トップ層」ではなく、それらに仕えていた「中間層」の中世日本に実在した人物を紹介することで「かっこいい日本人の生き様」を考えていただきたいと思う次第である。

 

今回わたしが紹介する人物は「吉田大蔵」という「SAMURAI」である。読みやすいように項目別とするので、手の空いた時にでもサクッと一読いただきたい。

 

 

1.戦前日本人の価値観と吉田大蔵

 

 現代の日本では、便利さ・スピード・効率が最優先され、個々人の「信念」や「本分」という言葉はやや古臭い印象を持たれることがある。しかし、戦前の日本人は、日常生活や職務の中、「自分の役割を全うする」という精神を深く根付かせていた。それは単なる忠誠心ではなく、名誉、責任、矜持といった精神的な柱に裏打ちされたものであった。

 特に武士階級において「本分」を忘れることは、己の存在意義を失うことに等しく、主君に対しても、道理をもって諫めることが「忠義」の一部とされていた。そのような思想の中で育まれたのが、吉田大蔵という一人の武士の生き様である。

 吉田大蔵は、加州侯(加賀藩主)に仕える弓術の達人であった。江戸時代、弓術は武士の基本技能であり、単なる戦闘技術ではなく、心身の修養、礼節の表現でもあった。矢を放つ際の呼吸や心の静けさは、禅の思想とも深く結びついている。吉田はその道を極め、藩でも屈指の弓の名手として知られていた人物である。

 

2.雁を射抜く宴の一幕

 ある秋の日、加州侯は七、八名の近隣大名を招き、藩邸で盛大な宴をした。庭には紅葉が色づき、涼やかな風が吹き抜け、杯を交わす声と琴の音が響き渡っていたと記録にある。武士や家臣たちも控え、主君を引き立てるべく緊張と誇りを胸に並んでいたのであろう。

 その時、空に数列の雁が整然と隊列を組んで飛んでいった。加州侯はそれを見て、ふと余興の一つとして吉田を呼び、「あの雁を射よ」と命じたようだ。場の空気は一瞬で張り詰めたそうである。主君の命令である以上、吉田は従わなければならない。しかし、それは単なる遊戯ではなく、名誉と命を賭けた行為でもある。

 吉田は即座に「はっ」と返答し、深く呼吸を整えた。周囲は静まり返り、彼が弓を引く音さえ響き渡る。初矢が放たれ、空高く舞う雁の一羽を見事に射抜いた。続いて二矢、再び別の一羽が落ちてきた。集まった大名たちは大いに驚嘆し、喝采が広がりました。「さすがは加州侯、よき家臣をお持ちだ!」と賞賛の声が上がり、宴は一層盛り上がったとある。

 

3.武士の本分と諫言の勇気

 しかし、宴が終わると吉田は主君の前に進み出て、永の暇を申し出た。突然の申し出に加州侯は驚き、しばし沈黙したのち、自らの過ちを悟ったそうだ。そして「私が悪かった。今後は二度とあのようなことはさせぬ。申し訳なかった、今回だけは思いとどまってくれ」と深く頭を下げて謝罪し、吉田の申し出をとどめた。

 この場面には、武士道の核心、そして日本人の生き様が表れている。武士が武を極めようとするのは、その本質として「戦場」で主君や国家のために力を尽くすからである。その「武」を酒席の慰みとして使うことは、武士としての本分を踏みにじる行為であり、もし外せば自身は切腹、主君も恥辱を受けることになる。つまり、この命令は、表面的には軽い余興に見えても、実際には双方にとって極めて重大な意味を持っていたのである。

 吉田はこの点を見逃さず、自らの信念を曲げることもなく、主君に対して正面から諫めた。単なる弓術に秀でた技術者ではなく、己の道理と名誉を第一に置く「真の武士」だからできた行為である。

こうした諫言をする家臣は「諫臣(かんしん)」と呼ばれ、主君にとって重要な存在であった。

 

4.現代社会への示唆

 この吉田大蔵の行動は、現代社会に多くの示唆を与える。現代、個々のスキルや能力が評価される一方で「その力を何のために使うのか」という目的意識が軽視されがちだ。たとえば、政治の現場である。ご都合主義とも言うが、政治家・公務員は不正を見逃し、組織の都合に合わせて「本来の使命=国家国民の幸福追求」という原理原則を見失ったケースは決して少なくない。むしろ、それらが蔓延してきたのがこれまでの日本である。

 吉田大蔵は、自らの武を主君の余興のために使うことを拒否した。それは一見、主君に逆らう行為に見えるが、彼は自らの「本分」と「武士の道」を優先した。現代に置き換えると、権力者や上司の指示であっても、自分の倫理観や職業的使命に反するならば、毅然と意見を述べて反する「勇気」に通じる。

 老若男女は問わないが、特に「若者」にとって、この姿勢は非常に重要である。スキルを磨くだけではなく、それを何に使うのか、どんな信念のもとで行動するのかが、真の「かっこよさ」を形作るからである。前述、吉田大蔵のように信念をもって自分の役割を全うできる人物は、時代を超えて尊敬され続けるからである。

 

 

わたしが思うに「かっこいい日本人」とは、流行やその場の雰囲気に流される存在などではなく、自らの軸を持ち、それを行動で示す人物である。

 

今回のコラムで紹介した「吉田大蔵」という人物は一例に過ぎないのだが、現代を生きる「日本人」には、大きな示唆を与えるのではないか。そうであってもらいたいと思う次第である。

 

秀麻呂

 

 

◎以下、補足

 

【加州】

 「加州(かしゅう)」は、現在の石川県にあたる加賀国の別称である。江戸時代、加賀藩は前田家が治め、石高は百万石を超え、日本最大の外様大名として知られていた。そのため、藩主は幕府との微妙な関係の中で、武威と礼節の双方を重んじる必要があった。

 

【加州侯】

 加州侯とは加賀藩主の尊称で、代表的には前田斉泰などが該当する。加賀藩主は文化事業にも力を入れ、多くの武芸者・学者を抱えていた。

 

【吉田大蔵】

 吉田大蔵は弓術に秀でた加賀藩士であり、その技量と人格から藩内外で高い評価を受けていた。彼のように主君に正面から意見できる武士は当時もやはり多くはなく、武士道の体現者といわれた。

 この逸話は「弓術の達人」の話ではなく、日本人が大切にしていた「本分」や「名誉」の精神を伝えるものである。時代が変わっても色あせることのない、日本の「美徳」の一つなのである。