2025/12/01
さて師走である。年末の気配が、静かに深まりつつある。
街に走る風は冷たさを帯び、夕暮れの色は濃く沈み、人々の足取りもまた一年の終わりを意識し始めている。私たちはまた、ひとつの暦を手放し、新たな暦へと向かう節目に立っているのである。
このコラム「AMENOMANAI」ではしばしば“清める”“整える”“流す”という働きについて触れてきた。それは、古来より人が大切にしてきた所作の根本であり、同時に現代を生きる私たちにも必要な循環である。
湧き水が澄んだまま流れるためには、源泉が澄んでいなければならない。人の心もまた同じである。
◎一年の「澱」を見つめる
一年のあいだには、歓びも失敗も、悔いも感謝も、さまざまな感情が折り重なって堆積していく。それらは目には見えぬが、確かに私たちの内面に沈殿し、時に心の流れを濁らせる。
年末とは、その沈殿をそっと掬い上げ、光の下で見つめるための時期でもある。
「あの時の言葉に救われた」
「あの選択には迷いが残る」
「来年へ持ち越したくない重さがある」
こうした内なる声を記し、認め、そして手放す。それは“禊祓い”にも似た日本人ならでは営みであり、心の水脈を再び清らかにするための行為である。
◎「純化」の時間が流れをつくる
湧水源泉の周りには、落ち葉や小石が絶えないものだ。しかし水は、それらに囚われることなく淡々と湧き続ける。人の心にもまた、雑音や余計なこだわりが尽きない。それらを完全に消す必要はないが、過多なものを落とし、核だけを残す“純化”は必要である。
年末には、次の三つを紙に書き出すとよい。
・守りたいもの/こと
・手放したいもの/こと
・迎え入れたいもの/こと
これを書き並べるだけでも、心の奥に澄んだ気の流れが蘇り始める。
それは“来年も続くもの”と“今年限りで終えるもの”を峻別する作業であり、人が人生を前へ進めるために不可欠な区切りである。
◎来る年の「響き」を仕込む
暦が変わるというのは、本当は数字の変化以上の意味を持つ。
社会の構図、地域の動き、人の意識は、毎年少しずつ形を変え続けている。だからこそ年末は、“次の年へ響く準備”を整えるべき時期である。
日本各地では、これまで育まれてきた営みが次の段階に入りつつある。
新総理に近代史で初の女性が就任したということは、原始古代の社会的な空気に時代が立ち返ることになるという意味だ。それを現代社会に置き換えると、例えば「神社」と官学財民の連携、環境学習の要求、若者と大人が共に学ぶ場面と承継、そして新しい社会循環。
これらは、来年大いに広がりを見せるだろう。だから、年末には、次のような「響き」を仕込むとよい。
・社会的構想を考えて、年明けには動き出せる形にしておく
・親子や地域が一緒に使える「年末年始の振り返りシート」を作り実践する
・2026年予定される地域行事や学びの企画を、今のうちに要点だけでも固めておく
響きは突然生まれない。年末に蒔いた小さな種が、新しい年の初動に影響を与えるのである。
◎静かなる流れを取り戻す
清流は、急激に勢いづくのではなく、静かにしかし確実に前へ進む。
障害物を避けながら、時に深く潜り、時に音を立て、やがてまた澄んだ面を取り戻していく。
私たちの暮らしも、そうありたい。目先の忙しさに呑まれぬよう、次のことを年末の習慣に据えるとよい。
・一日10分、何もしない/考えない静寂の時間を持つ
・来年への“問い”を三つ書いておく
・一年の感謝を、顔なじみの人たちに伝える
感謝の言葉は、水面に広がる波紋のように、静かにそして確実に周囲へと広がっていく。
「AMENOMANAI」という名のとおり、このコラムでは“清らかな水が湧き出る源泉”のようでありたいと思ってきた。激しい喜びや深い悲しみ、喜怒哀楽の渦中にあっても、人の心の底には必ず澄んだ源泉がある。
年末とは、その源泉もキレイにする時期である。
もうすぐ2025年という暦が幕を閉じる。その終わりを、静かに、穏やかに、しかし確かな意志をもって見つめてもらいたい。
そして2026年の扉を、心の水脈が澄みわたった状態で開いてもらいたい。
年の瀬には静かな「深呼吸」をしよう。過ぎ去った一年を手放し、新たな幸運の流れを己に迎えるために。
秀麻呂
